夢を、見た気がする






雨の中でたった独り




夢や希望なんて何も無かった

わずかな、光すら見えなかった灰色の世界に











貴方が居たんだ…


























私が拾った動物は、

あの人に似ていた




そんな事言ってしまうと、あの人に似ているから拾ったという結論に行き着いてしまうかもしれない



でもね、違うのよ








朝が来て目覚めるたびに隣に貴方の抜け殻があると


とてつもなく不安になるわ






あの子の毎日の儀式

窓の側で朝陽を眺める事



その儀式中は何を話しかけても反応しない




完全に水平線から太陽が離れると、そこでやっと初めて窓から離れる

おはよう、と額にキスをしてくれる




言葉を発さない貴方は、ただ優しく微笑むだけだけれど




それでもどうしようもなく胸を締め付けるわ








私より高いその背は



丁度あの人と同じくらいの位置で…








どうしようもなく胸をざわつかせるの













あの人にそっくりな貴方



でも全然違う貴方








貴方は…誰?






























「はぁ……」





「どうしたの?祐巳ちゃん、ため息なんて吐いて」




珍しく、薔薇の館には祐巳と3色薔薇様だけが揃っていた

3人の先輩達の紅茶を淹れながら、こっそりとため息をついたつもりがバッチリ聞こえていたらしい


それまで各々、
本を読んでいたり、
物思いに耽ていたり、
持て余した指を鳴らしていた、3人共祐巳の方を見る





筒抜けだったのが驚いたらしい祐巳は慌てて弁明をした







「いえっ、何でもありません!すみません」


「謝んなくていいよ〜、で?何かあったの?」







最初に声をかけた聖が手を振りながら更に突っ込むと、

蓉子も本を閉じ、すっかり聞き入る体勢と入ってしまった



3薔薇様相談室の開催だ



そのターゲットは主に祐巳だけなのだが







「えぇと、実はですね…。最近祥子さまの様子がおかしいというか……」


「祥子?あぁ、そういえばそうね。会議が終わるとすぐ帰るし、自主参加のお茶会にも顔を出さなくなったわ」


「一緒に帰りませんか、って言っても用事があるからって断られているんですよ、ここ数週間」





自分の妹について思い出す蓉子に、祐巳はうな垂れる





「祐巳ちゃんと喧嘩した訳じゃないの?」


「いえっ!全然…そんな、傾向は……無い…はずですけど」





自分で言っておきながら不安になっていく祐巳の声が段々小さくなった


江利子はその様子を見ながらくすくすと笑い出す







「でもさ、様子が変と言えば令もじゃないの?最近顔見かけないけど」


「…そうね、まぁあの子にもいろいろあるんでしょう」





めっきり自分の妹には興味をなさない江利子に、聖はため息を1つ漏らした







祥子だけでなく、令も重要な会議以外はそそくさと帰っているらしい

あの熱心な令が部活さえも早退しているなんて只事じゃない



そして由乃もそれを追いかけて一緒に早退しているものだから、


祥子に次いでここの処薔薇の館に全員集合という事が無かった








「じゃあ祥子と令が喧嘩したとか?だったら2人共挙動不審なのは納得できるわ」

「それは無いでしょ〜、大抵令が折れるから喧嘩まで発展しないじゃない。あの2人は」

「それに由乃ちゃんまで令に付きっ切りなんだから、それだと納得いかないわよ」






「あっ、でも…最近お姉さまは令さまを見ると避けているような気がします」




「「「え?」」」





「朝の登校時とかに令さまと会うと、すぐに逃げてしまわれるんですけど…」








祐巳の発言に、3人は顔を見合わせるが

すぐに「まさか、ね」というように一心同体なのか、3人共首を傾げる






「あれ、誰か来たよ」




聖の言葉に、その場に居た全員が耳を澄ませた

階段を駆け上る音が聞こえる


その足音は、優雅に静かにと心がけているがどうしても足早になってしまう類の音だった




つまり、急いでいるという事だ









扉が忙しなく開け放たれる






「あ…お姉さま方お揃いだったんですね」


「あれ、志摩子。今日は委員会があるから遅くなるって言ってなかった?」







その主は、息を弾ませた志摩子

薔薇3人の存在を確認して、ホッとため息をついた




自分の姉にそう言われて志摩子はそそくさと机の上に鞄を乗せる

その中から紙を1枚取り出した


が、祐巳をちらりと見てそれを皆の前に広げる事を躊躇う







「あの…これ、リリアンかわら版なんですが。つい先程発行されたものなんです」

「ん〜?どれどれ」





聖がそれを受け取り、蓉子と江利子にも見えるように持って行く





3人に淹れたての紅茶を配っていた祐巳にもそれは必然的に目に映る


祐巳の視界に入ったのは、表紙を独占している1枚の写真と大きな見出しだった






「……"紅薔薇の蕾と黄薔薇の蕾のスクープ"?………嘘ぉ……」







まず必要以上に大きく派手に書かれている見出しを見た後、写真に目をやった聖はしばらく絶句する


蓉子も、江利子も、それぞれ固まっていた






「あ…お姉さまと、令さま………?」







そこには、

M駅の近くの通りで寄り添って歩いている2人



そりゃ2人は親友なんだから一緒に遊びに行っててもおかしくは無いのだが、
それ以前に親友には見えなかった

何故なら、

祥子の耳元に口付けている令の姿

その手は祥子の腰にがっしりと回っていて、
祥子もとても穏やかな顔をしていた




そう、どう見てもそれは恋人にしか見えない





令は制服を着てなければ美少年にしか見えないし、

祥子はロングスカートにカーディガンを羽織るという女性らしい格好








「昨日の日曜にたまたま買い物に出かけていた新聞部員が撮ったらしいのですけど、今学校中はその話で持ち切りなんです」



志摩子が4人の反応を窺いながら、そろりと告げた

まず最初に江利子が口を開く





「まさかあの2人がこんな事になっていたとはね」


「…でもさ、この人……令に似ているけど微妙に違うじゃん?」




確かに、聖の言う通りだった

写真の中の人物は令にしては髪が更に短いし、醸し出す雰囲気も違う






「でも、それはそれでとんでもない記事よ。これは」


「そうねぇ、不純異性行為として学校側も放っておかないでしょうね」






江利子の指摘に、蓉子が眉間を指で押さえて肯定した





「祥子って男嫌いじゃなかったっけ?」

「中性的な男性なら平気なんじゃないの」

「まさかあの祥子に恋人が居たなんてねぇ、それも男性の」

「そんな事言っている場合じゃないでしょ、これは大事になるわよ」






参ったというように困った顔で互いの顔を見合わせて、

今後の対策を練る3薔薇様&白薔薇の蕾















祐巳は、ただ見ているしか出来なかった


目の前に突きつけられている現実を…




写真の中に映っている祥子は、

自分の姉は自分と居る時なんかよりも遥かに幸せそうだ





妹の私に内緒で…何で、…こんなに幸せそうに穏やかに笑っているのだろう?









僅かに、祐巳の心の中に黒い気持ちが芽生える


その愛しい笑顔が向けられている相手に対して……





















波乱の幕開けが、鐘の音を立てた





始まった










平和な薔薇の館に、



リリアン女学園に、音を立ててそれは忍び寄って来る























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